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小説「呪われた女」 月竜香: □第二章
  
目次 第一章 第二章 第三章

【第二章】呪いの正体

 志津代のすさまじい半生を聞いた竜香は『事実は小説よりも奇なり』ということわざの意味をかみしめる思いでした。そして竜香は志津代にきっぱりと言いました。
「あなたが、最初、お話したがらなかった事情もわかりました。私は、これほどまでにあなたの運命が悪いのは、第一に昔の婚約者の怨念が災いしていると思うんです」
 志津代は驚いて、車窓に向けていた顔を竜香の方へ向きなおしました。
「ところで今、あなたのお母様や、いいなずけの新藤さんはどうなさってるんです?」
「母は長患いの末、6年前に亡くなりました。いいなずけは岐阜市内でスーパーやガソリンスタンドを経営しているという話です」
「奥さん、電車で初対面の私に壮絶な過去をお話するのは、大変勇気のいったことだったでしょう。でも、そのことでひとつ私には見えてきたものがあるんです」
「えっ?」
「奥さんの運命がこれほどまでに悪いのは、第一に昔の婚約者、そう、そのいいなずけの怨念が災いしていると思うんです。おそらく失明した原因もそこにあると思うんですよ。怨念は怖いものです。あなたは新藤さんに対して謝りにいかなくちゃいけない……」
「えっ? 私が新藤に謝りに?」
 志津代は、全くふに落ちない表情をしました。
「ええ、奥さんが本当に苦しい目に遭われたことには、心から同情しています。でも、事情はどうであれ、私はそのいいなずけの新藤さんが長年にわたりあなたのことを恨んでいるような気がしてならないんです。あなたが失明するくらいだから、その恨み方も半端じゃないでしょう」
「おっしゃっていることがよく分かりません。そんなに私を恨んでいるのですか?」
「私、あなたに会ったばかりの時、あなたの目のまわりに殺気のようなとても恐ろしいものを感じると申し上げましたでしょ? 覚えてます? それほどまでにあなたの目は呪われていると考えても間違っていない気がするんです。だから、その怨念を解かなければ、あなたの目は一生治らないと思うんです」
「じゃあ、私が謝りに行けば私の目は治るとおっしゃるんですか?」
「それはなんとも言えませんけど。ただ、あなたが懺悔することで、相手の呪いとか恨みが消えてくれれば……光を感じられるようになるかと思うんです」
 志津代の表情が複雑さを増します。
「奥さん、あなたが嫌いないいなずけと結婚したくなくて、家出をされた気持ちは私にもよーく分かります。でも、これから自分の運命を切り開いてよりよい人生にするためには、人の恨みを背負っていてはどうにもなりません。やはり自分から一度会いに行って、家出によって婚約を破綻した自分の非を心からお詫びして、長年の恨みつらみをここで断ち切るべきです」
 最初は煮え切らない態度であった志津代も、竜香の毅然としたアドバイスに心が刺された思いでした。竜香は続けます。
「そして相手に会った時は、謝るだけで何も貰ったりしてはいけません。たとえ殴られても蹴られても我慢して、ひたすら詫びるのです。奥さん、あなたは何も悪くないのに……と不服かもしれませんし、私もちゃんとそのことは理解して言っているんです。辛いでしょうが、奥さんの運命を切り替えて子供さんたちを幸せにするためにも、勇気を出して下さい」
 竜香はきっぱりと助言しました。
 そして、竜香は更に続けます。
「お気の毒なあなたにこんな酷なこと言いたくないんですけど……別居中のご主人にも謝りに行ってください」
「えっ? 新藤だけでなく、主人にもですか?」
「ええ、あなたは何も悪くないんですよ。むしろご主人があなたに土下座をして謝るべきなことは、私もちゃんと分かっています。でも運命を変えるためのリスクだと思ってください。奥さんが失明したことで、前途多難な運命を背負い切れなくなり、愛人をつくって家を出て行ったわけですから。その点もおわびしに行く必要があるんです」
 志津代は心の中で叫びました。
(そんなバカな! むしろ逆だわ! 不幸のどん底に突き落とされたのは私なのに、どうして妻子を捨てた薄情な主人に、今さら私が謝らなくちゃいけないの!!)
 志津代の言葉にならない怒りを察知した竜香は、厳しい口調で続けます。
「あなたはあなた自身の運命を変えるために、婚約者だった新藤さんとご主人に謝ってください。それはそれでいいですね?」
「……………」
「それからご両親のお墓参りをしてください。ご両親を裏切り、ご両親の望まない結婚をして親不孝をしたことを、心からお詫びすることです。大きな親不孝も、あなたの運命を悪くしている原因です」
「はい……」
「そして最後に、堕ろした3人の子供さんの水子供養にも是非行ってきてください。中絶はせっかく宿した子供の命を殺す残酷な行為ですから、これを懺悔しておく必要があります」
「ええ……」
「以上の4つのことをしなければ、あなたの泥沼のような運命はいつになっても良くなりませんよ」
 そこまで話したところで、電車は徐行し、ほどなく前後に揺れて止まりました。
「さあ、福井ですよ。ホームまで送りますわ」
 竜香に手を差し伸べられ、志津代は不機嫌そうな顔で力なく席を立ちました。ホームへ降り立つと、北国のひんやりとした風が全身を包みました。
「奥さん、気をつけて」
 別れを告げる竜香に
「どうもいろいろとありがとうございました。ご忠告をいただいたことは、一度よく考えてみます」
 志津代はようやく静かな気持ちに戻り、丁寧におじぎをしました。
 竜香はハンドバックから自分の名刺を取り出し、志津代に手渡しました。
「お帰りになったら、お電話ください」
 ホームで志津代と別れた竜香は、金沢へ行くため列車内に戻って行きました。
 さて、志津代はこの不服なアドバイスをどう受け止めるのでしょうか……。

◆           ◆

 いったん竜香と別れた志津代は、甥の結婚式に出席しても竜香の言ったことばかりが気になり、あまり浮いた気分にもなれませんでした。そして小牧市の自宅に戻ってからは、悶々とした日々を送っていました。
 地元の証券会社に勤める長女と、女子高生の次女、レストランで働く息子が全ての家事を切り盛りし、身の回りの世話もしてくれるので、今では家事をすることもほとんどない生活でした。
 志津代にとって竜香との予期せぬ出会いは、大きな心境の変化をもたらすものでした。今朝も長女から
「結婚式から帰ってきたお母さんは、なんだか元気がないわ。何かあったの?」と言われたばかりでした。
「何もないわよ。そんな風に見える?」と明るくふるまうものの、子供たちが出かけてしまうといつも聴いていたラジオ番組さえもつけることはなく、竜香の言葉を思い出しながら悩み込むのでした。
(あれほど私に同情的だった竜香さんが、最後になって、なんで私ばかりが悪いような言い方をしたのかしら? 親には申し訳なかったとは思うけれど、なぜ私を不幸に追いやった張本人のいいなずけや主人に、私が謝りに行かなくちゃいけないのかしら? むしろ、向こうから私の方へ詫びに来るのが筋なんじゃないかしら?
 今さらこんな惨めな姿で、かつて辱めを受けたいいなづけに詫びに行くなんて絶対に出来ないわ。まるで生き恥をさらしに行くようなものだわ。
 主人に対してもそうだわ。なぜ、悪くもない私が謝りに行かなきゃならないの? いくら私が失明したからといって、幼い子供を3人も抱えた私を捨てて、どこで知り合ったか分からない女性と蒸発するなんて、無責任極まりない!
 それに平然と愛人を連れて帰ってきて……気がおかしくなった長女が自殺までしそうになって……そんな人に詫びに行かなくちゃいけないなんて!)
 志津代は心の中で、悶々とそのように自分を弁護するのでした。しかし、竜香の言葉が鮮明に頭に残って離れないのも事実です。
『昔のいいなずけがあなたを恨み呪っているから、その怨念を解消しなければ目は治らない』
『いいずけに自分の非をお詫びして、長年の恨みつらみを断ち切るべきです。奥さんの運命を切り替えて、子供さんたちともう一度幸せな暮らしをするためにぜひ……』
 そんな竜香の凛とした言葉が脳裏によみがえって来て、どうするべきか悩み苦しむ日々が続いたのでした。
(出来ることなら、なんとかしてもう一度元のように見えるようになりたい。子供たちの成長した姿をこの目で確かめたい。医者からはもう治らないと言われている。竜香さんは、恨みや呪いが消えれば……と言っていたけれど。もしそんなことがあるのだとしたら、どんなにか嬉しいことだろう……)
 お母さん見えるのね!  お母さん、大きくなったでしょう?
 そんな言葉が今にも聞こえてくるようでした。
 そんな時、とても怖い夢を見たのです。

 その夢の内容は次のようなものでした。

〜〜〜ふと見ると、純白のウェディングドレスを着た長女が悲しそうな顔をして玄関に立っています。
「どうしてそんなところに立っているの?」
「だって……」
「お式はこれからでしょ。私も支度しているのよ。京子もはやく式場に戻りなさい」
「でも……」
「何してるの? 戻りなさい」
「もういいの。彼から『君のお母さんは目が見えないから家族が嫌がってるんだ。結婚式も中止したいんだ』って言うから、私も『いいわよ』って言って、帰ってきちゃった」
 うなだれる長女に駆け寄ろうとした瞬間、志津代は目が覚めたのです〜〜〜

 「夢だったのか。それにしても私が目が見えないということで、将来子供たちが結婚するときに障害になったらどうしよう。今は子供同士の意志で結婚する風潮が強いけど、やっぱりそういうことにこだわる親もいるだろうし……私の目のことで、子供たちの結婚に差し支えがでてきたら……」
 志津代にとってやはりこの夢は相当ショッキングなものだったようです。
 それから何度もその夢を思い出したり、竜香の言葉を思い出したりするうちに、もし自分の目が治ったら子供たちの将来への不安材料もなくなるという期待が頭をよぎり、竜香の言った4つの助言が重みを増してくるのでした。

◆           ◆

 そして、志津代は思い切って竜香に電話してみたのでした。
「あのう、月竜香さんのお宅ですか?」
「ええ、そうです。どちらさま?」
「先日列車の中でお会いしました、香川志津代でございます」
「ああ、志津代さん! もちろん覚えていますよ。その節はいろいろと失礼なことを申し上げまして……」
「とんでもないです。あれからずっと一人で、考えに考えて抜いているうちに日にちが経ってしまいました」
「そうでしょうね。ずっとお電話がなかったものですから、私の言葉で悩んでいらっしゃるんだろうと思っていました。でも、今日お電話いただけたということは、志津代さんの中で気持ちの整理がついたということでしょうか?」
「そうなんです。やっぱり竜香さんが言ってくれたように、いいなずけの新藤の所へ行ってお詫びをしてきます」
「そうですか。よく決心なさいましたね。そうして、過去の悪い運命を改めていきましょう」
「はい。一時は竜香さんのご忠告に腹が立ったこともありました。どうして私が謝りにいかなくちゃいけないのかと思いましたけれど、考えてみれば、いいなずけに対しては、結納の前に私がもっとはっきりと断る意志表示をすべきでしたし、主人が私を捨てて出て行った気持ちも分からなくはありません」
 志津代の気持ちは明らかに前向きになってきているようでした。
 新たな人生に向かって、志津代はある意味ではプライドを捨てて、過去との決別の決心をしたのでした。

◆           ◆

 志津代はついに竜香の忠告を受け入れ、元婚約者の新藤の家に行く決心を固めたのでした。

「近々にまず岐阜の新藤家を尋ねてお詫びしてきます。また、ご報告させていただきますので、ご指導ください」
「はい、私はあなたの子供さんのためにも、過去の因縁をいつまでも引きずって生きていくのは、決してよくないと思いますし、奥さんもまだ人生は長いんですから」
「ありがとうございます」
「とにかく、先日言いましたように、新藤さんには心からお詫びをして、どんなことをされようとも耐えてください。そして、何も貰わないようにしてくださいね。そうしないことには、真の懺悔にはなりませんから」
「わかっております」
「では、お気をつけて」
「はい、ありがとうございます。失礼します」
 受話器を切ったあと、志津代はなんだか気持ちが軽くなっているような気がしました。竜香にあと押しをしてもらったことで、改めて勇気がわいてくるようでした。

 電話局に問い合わせると、新藤の自宅の電話番号と住所は、容易に知ることができました。けれども、志津代は事前に電話をかける気持ちにはならず、日曜日に直接尋ねることにしました。

 〜会えれば良し、会えなければまた再度訪問することにして、面会の可否は運命に任せよう〜

◆           ◆

 穏やかな冬の日差しは暖かいけれど、時折り吹き付ける北風は肌寒い、そんな二月上旬の日曜日。
 志津代は高校生の次女、夏子に手を引かれて、小牧市の自宅を出ました。バスや電車を幾度も乗り継いで、岐阜市にある新藤の自宅近くについたのは正午過ぎでした。
「お母さん、この辺りは景色のいいところね。お母さんたち、岐阜には何年ぐらい住んでいたの?」
「京子が生まれて間もなく小牧に引っ越したから、二年足らずだったわね」
 志津代は二十二年前、母親と新藤の追求を逃れて、岐阜で康三と所帯を持った頃の生活を思い出しました。

 〜あの頃、まだ若くて眼も正常だったし、夫康三と借家住まいを始めたばかりで、近所の人たちから「綺麗な奥さん」と言われていた私が、まさか失明して惨めな姿で、同じ岐阜の町をあるくことになろうとは……〜

 一陣の冷たい川風が橋を渡る母娘の髪や衣服を煽り、耳に唸った。川岸には鵜飼舟らしい川船が数隻、船体を休めるように底を見せて横たわっていました。
「お母さん、昔の婚約者だった新藤さんという人に、今頃になって何の用で会うの?」
 理由も話さぬまま道案内役を頼んだ夏子が、いぶかしげな表情で聞いてきました。
「夏ちゃんにはまだ話してなかったんだけど、お母さんは両親がすでにいいなずけとして決めていた新藤雄太郎という人が、嫌いで嫌いで仕方なかったの。もう中学のときから親同士が決めていた婚約者だったんだけど、私は彼と結婚するのは死んでも嫌だと思ったから、家出してしまって、ちょうど知り合ったあなたたちのお父さんと駆け落ちして、結婚してしまったわけ……」
「私だって、お母さんが嫌な男性を婚約者だと言っておしつけたら、逃げ出すかもよ。お母さんの気持ち判るな」
「でも、お母さんの場合は断れなかったのよ。両親はすでに相手の親と取り決めたメンツがあるし、新藤さんの財産相続が目当てだったから、私が嫌だと言っても絶対にゆるさなかったの。昔のいいなずけという慣習は本人の意志はあまり通用しなかったのよ」
「ふーん、でも姉弟のなかでも、なぜお母さんだけがこうも不幸なのかしらね。他の二人は幸せそうにしているというのに……」
 手を引く夏子に痛いところをつかれて志津代は言葉に詰まりました。
 本当に、どうして私はこんなに過酷な運命がなんだろう、と……。
「夏子、実はね、この間福井であった結婚式に行く列車の中で、女の霊感師さんに会ってね、いろいろ話したの。それでお母さんの運命の悪いところを指摘されたのよ。だから会いに行くの」
「でもお母さん、昔のいいなずけに会ったところで今さらどうなるわけでもないでしょう?」
 事情を知らない夏子にとっては理解しがたい話なのでした。

 それでも志津代は夏子に導かれて、新藤の家に辿りついたのでした。白いコンクリート塀、ガレージには銀色のベンツ……広い邸宅は彼の経済力を見事に物語っているのでした。
「お母さん着いたわ。新藤さんの家、すごく立派だわ。車はベンツよ。車があるってことは今日いらっしゃるんじゃないかしら?」
「そう、じゃあチャイムを押してちょうだい。新藤さんがいたら、お母さん二人で話すから、夏子ちゃんは散歩でもしててちょうだい」
「わかったわ」
 ピンポーン
「どなた様?」
「突然お伺いして申し訳ありません。実は私、旧姓を杉浦、杉浦志津代と申しまして昔、ご主人様と婚約関係にあったものでございます。今日はどうしてもご主人様とお話したい件がありまして、訪ねてまいりました」
 新藤の妻の光代は昔の婚約者と聞いて、びっくりした様子でした。が、しばらくすると、志津代の目が異常なことに気付きました。
「目がご不自由なんですか」
「ええ、母は見えないんです」
 夏子が代わりに答えました。
 光代は蔑むようにスリッパを履く志津代を見下ろし、志津代を応接間に通して部屋を出て行きました。
 そして間もなく新藤がのっそりと応接間にやって来たのです。
「やあ、志津代さん! ようこそ遠いところをお越し下さった。よくここが判りましたな」
 新藤はとても嬉しそうでした。長年捜しまわった婚約者が、思いもよらず訪ねてきたことがよほどご満悦だったのでしょう。しかし志津代の正面のソファーに腰掛けて、眩しそうな視線を注いだ新藤の顔が急に険しくなりました。
「志津代さん、目が悪いのかね?」
「はい、見えません」
「ええーっ!」
 新藤の驚愕した声が静かな室内に響きました。彼は目をむき、体を硬直させたのです。血色の良かった顔も、みるみるうちに青ざめました。
 その様子を志津代は感じ取ることは出来ません。もう、ただただ竜香に言われたことを実行して帰ろうと、土下座をして詫びました。
「新藤さん、申し訳ございません。今日は22年前のことをお詫びに来ました。私はあなた様といいなずけとして婚約関係にありながら結婚を拒否して家出をし、他の人と結婚してしまいました。このためあなた様には大変なご迷惑をかけ、きっとお困りになって私をずいぶんお捜しになったと思います。身勝手なことをして本当に申し訳ありませんでした」
 土下座をしたまま、志津代は一気に言い切りました。
 志津代の突拍子もない行動に新藤は驚きました。そして新藤は叫ぶように言ったのです。
「志津代さん、謝るのは私の方だ! すまない、すまない! 実はあなたの目をつぶしたのはこの私なんだ。許してくれ、許してくれ……」

 〜なぜこの人が謝るんだろうか?この人が私の目をつぶした?〜

 志津代は何のことかわからずに呆然として、顔を上げました。
 どうしてこの人が私に詫びるのだろう……

 すると新藤は、静かにその理由を話し始めました。
「突然黙って家出したあんたは、一月経っても二月経っても帰らなかった……私とお母さんはあらゆる手だてを尽くして捜しまわったんだ。私はほんとうにあんたが好きで、突然消えてしまったことに気が狂ったんだ……お母さんも新聞広告まで出してくれたがあんたは帰らず、私は夢も希望も失ってしまった。可愛さあまって憎さ百倍っていうのかな、そんな心境になって……。
 私はたった一枚だけ持っていたあんたの写真を自分の部屋の柱に貼り付けて、両目に五寸釘を打ち込んで10年以上呪いつづけていたんだ。お前なんかは両目がつぶれてしまえ、ってね。私はあんたの澄んだきれいな目に一番魅力を感じていたんだ。私はあんたを忘れられず、あれから10年独身で待ちつづけたんだ」

 その話に志津代は背筋が凍りつく思いがしました。それと同時に竜香の言っていた言葉を思い出して、本当にこういうことがあるのだと思ったのです。
 そんな志津代を新藤はいきなり抱きしめました。
「志津代さん、許してくれ! まさか私の呪いのせいで、あんたの両目が本当につぶれたなんて……かわいそうに。本当に私が悪かった」
 志津代の頬に涙が一粒、二粒と流れ落ちました。
 長い間憎んで、嫌って、逃げていた男が、10年以上も自分を思ってくれていたのかという愛しさと、彼の呪いによって目がつぶれたという衝撃が交錯しました。

「私はあんたが好きで好きでたまらなかった。私の家で最初にあんたに身体を求めようとしたのは、私の若気の至りで申し訳なかったと思っている。でも、正式に結納まで交わした仲だから、当然結婚してくれると思っていたんだ。だからあんたを岐阜から名古屋までどれだけ捜しまわったことか……婚約者に逃げられたドジな男として、町や親戚から笑い者にされたことなんかどうでもよかったんだ。ただ、あんたと所帯が持ちたかった」
 そう言うと新藤は志津代がかけていたサングラスを外し、自分の目を、志津代の目にくつっけてきました。その目は濡れており、盲目の志津代でも新藤が泣いていることが分かりました。失明させたお詫びとしての行為なのでしょうか。そう思っていると、新藤は志津代の唇を奪い、衣服を脱がせ始めたのです。
〜この人は一体何をしているの? これじゃあ、あのときの二の舞じゃない〜
「新藤さん、やめてください」
 当然、志津代は抵抗します。でも、新藤は一向にやめようとしません。
「やめて〜」
 志津代は誰かに助けを求めるように、大きな金切り声を上げましたが、誰も来てはくれません。
「志津代さん、私はあなたが欲しかった。一度でいいから抱きたかった。これが10年間捜しまわり、恋焦がれてきた志津代さんの身体なんだ」
 荒い息を吐きながら、新藤は志津代を求めてきます。助けは来ない、男の力には勝てない、目も見えない……志津代はあきらめました。こうなったらこの人の好きなようにさせよう。それで気が済むのなら罪滅ぼしになるし、お詫びにきた目的も叶えられるもの……。

 志津代はもはや開き直った心境で、新藤に身体を預けました。

◆           ◆

 ……全てが終わった後、新藤は志津代の身体から離れ、あたりに散らばった服やサングラスをかき集めて詫びました。
「志津代さん、ごめんよ。俺はたった一度でもいい、あんたを欲しかったんだ」
 穏やかな口調でそれだけ言うと、新藤は部屋を出て行きました。

(やっぱり竜香さんの言ったように、新藤の怨念で私が失明したのは的中していたわ。竜香さんは「たとえ殴られても蹴られても 我慢をして詫びなさい」と言っていたけど、一番大事な身体まで奪われてしまった……)

 数分後に新藤は部屋に戻って来ました。
「志津代さん、悪かったね。これはあなたの目をつぶしてしまった私の償いの気持ちです。これでぜひもう一度、立派な設備のある病院へ行って、再手術を受けて目を治してください。現代の医学ならきっと治せると思う。私は医者じゃないからよく分からないが、あなたの目は先天的なものではないから治ると思います」
 そういうと用意してきた分厚い札束を志津代の手に握らせました。

 その瞬間志津代の頭に「何も貰ってはいけない」という竜香の言葉が浮かびました。
「何を言われます! こんな大金、絶対にいただくわけにはいきません。今日はお詫びにきただけなのですから」
「そんなに深く考えずに。私はあなたに目を治してもたいたいのです」
「いえ、もう医学的に私の目は何をしても治らないそうです。だからもういいんです」
「いや、そう言わずに。私の気持ちがおさまらないから……」
 志津代は強引に札束を握らせようとする新藤の手を跳ね除けました。

「わかりました。それなら今後何か困ったことがあれば、相談に乗りますから」
 新藤はそう言いました。
「ありがとうございます」と志津代は答えたものの、志津代は今日限りで一生涯会うつもりはありませんでした。
(はやく夏子が迎えにきてくれないかな……)志津代は早くこの場を離れたい気持ちでいっぱいでした。数十分経った頃、玄関からかすかにブザーの音が聞こえました。
(夏子だわ!)
「志津代さん、お嬢さんがお迎えです。駅まで送りますよ」
「ええ、でも……」
「お母さん、せっかくだから送ってもらいましょうよ」
 新藤はシルバーのベンツで送ってくれました。その際、夏子に色々と質問するのでした。
「お嬢さんがは学生さんかね?」
「ええ、高校2年生です」
「兄弟はいるのかね?」
「はい、姉と兄がいます」
「じゃあ、3人でお母さんを助けているわけだね」
「そうです」
 志津代は色々と家庭内のことを詮索されているようで、気が気ではありませんでした。
岐阜駅に着いた時は、ほんとうにほっとしました。
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